帰省客で混雑するホームで、出迎えの親類に駆け寄る女の子 (1998年12月、JR名古屋駅で)

新聞に掲載された自分の写真を整理した古いスクラップを見返した。今更ながらよくもこんな下手な写真を撮ってきたものだと思うが、不思議なもので一枚一枚、覚えているし、当時の情景を思い出す。

 その中でも心に残る写真がある。年末の帰省風景を伝える一枚だ。新聞業界で写真を撮っている人なら一度は必ず撮った経験があるだろう。この写真のエピソードを書こう。



 日付は1998年12月29日、場所はJR名古屋駅の新幹線ホーム。当時、私は名古屋駅前に本社がある毎日新聞中部本社写真部に所属して10年に満たない若手カメラマンだった。年頃のせいか、年末は連日仲間と遊び、議論した。その日もどこかで外泊をして昼前に会社に行ったはずだ。デスクから帰省ラッシュの取材を依頼されて、眠い目をこすりながら徒歩数分の名古屋駅に向かった。



 ホームへの階段を上り、まずは帰省取材の王道であるホームが混雑する様子を撮影しようと脚立に乗って中望遠レンズを構えた。その時、東京方面からきた新幹線がタイミング良く到着した。ホーム上には大勢の帰省客に混じって初老の男性が立っていた。新幹線の扉が開いた。次の瞬間、車内から一人の女の子が両手をいっぱいに広げて勢いよく初老の男性に駆け寄った。あっという間の出来事。とっさに3コマ、シャッターを切った。撮影を始めてまだ数分だ。使用しているニコンのカメラには36枚撮影できるフィルムが入っていたので、取材を切り上げるには早い。でも、なんだかいい写真が撮れている気がして、急いで会社に戻った。現代のデジタルカメラならその場で写真を確認できるのだが、その頃はそうはいかない。シャッターが作動している瞬間は、一眼レフカメラのミラーが上がっているので、フィルムに結像したイメージは厳密に言えば、現像するまでわからないのだ。



 会社に戻り、ソワソワしながらフィルムを現像した。長いロールフィルムのまま、ルーペで確認すると、女の子が祖父に向けたなんともいえない笑顔が写っていた。

 写真は東京本社発行の新聞にも掲載された。東京の写真部でも同じ目的の取材で東京駅にカメラマンを数人派遣していたのにも関わらずだ。当時のデスクがそれらをボツにして私の写真を使ってくれた。



 掲載後、「この写真を見て元気が出た」という内容のお便りをたくさんいただいた。写っている女の子と同じ年頃の孫を持つ方からのものが多かった。

 その後の私のカメラマン人生はというと、俗にいう歴史に残る瞬間に取材者として何度も立ち会い、撮影をしてきたつもりだ。だが、本当に心に残る写真は、会社から1キロも離れていない徒歩で行ける場所での写真なのである。





2017年11月