1993年5月7日、若乃花の熱愛を報じるデイリースポーツ1面

この4月、久しぶりにカメラマンとして新入社員が入った。他部署からの異動などで若手が配属されたことはあったが、いわゆる大卒すぐの新入社員は十数年ぶりになる。その新入社員は、大学で特に写真の技術を学んだわけでもなく、趣味で写真を撮っていたわけでもない、カメラに関しはいわゆる素人。育てるのは大変だ。何を隠そう、私もカメラの経験がなく入社してすぐに写真部に配属された。当時の上司はかなり苦労されたことだろう。



 そんな新入社員の働きぶりを見ながら、当時のことを思い出してみた。年のせいか、あまり多くのことは思い出せないが、絶対に忘れられないことがある。自社(デイリースポーツ)の1面を飾ったことだ。そう書くと、格好のいい話かと思われそうだが、実はかなり恥ずかしい話なのである。



 私が入社したのは1993年4月。その年の5月6日、写真週刊誌が大関・若乃花(現タレント・花田虎上さん)と美人美容師の熱愛を報じた。当時は空前の若貴フィーバーで、間違いなく1面ネタだ。すぐに記者会見が行われることになった。しかし、会社を見渡すとカメラマンは私しか残っていなかった。「行ってこい」。デスクが仕方なさそうに私を指名した。



 会見場に到着すると、ものすごい数の報道陣が集まっていた。知っているカメラマンはいない。訳も分からず、何とか脚立の上から隙間を見つけ、とりあえずシャッターを押しまくった。初ロマンスだけに、笑顔のアップを狙い続けフィルム数本分を撮影した。何とかなるだろう、そう思いながら会社に帰った。



 現像されたフィルムを見てひと安心した。今思えば当たり前のことだが、笑顔の若乃花が写っていた。デスクに見せて何枚かをプリント、紙面ができあがった。自分の撮った写真が1面を飾っている。新聞を大事に家に持って帰った。褒められはしないかもしれないが、特に問題なく業務終了―のはずだった。



 翌日、駅売店に並んだスポーツ他紙を見てがくぜんとした。全紙の1面になんと、若乃花の会見を弟の貴乃花がニヤニヤしながら会場の端から見ている写真が載っているではないか。若乃花の表情ばかりを狙っていた私はまったく気付かなかった。もちろん、他のカメラマンの動きなど見えているはずもない。頭が真っ白になりながら出社すると、デスクに大目玉をくらったことを覚えている。



 あれから二十数年、部員を指導、教育する立場になった。それはとても難しいと感じている。しかし、今年配属された新入社員に、少し偉そうにこれだけは言っておいた。



 「取材をするときは周りをしっかりと見るんだぞ」と。



2017年5月