東京新聞に月1回掲載されている読者のフォトコンテスト「東京写真館」。毎月200点前後の応募がある。新米部長がみても毎回、入選作品のレベルの高さに目を見張るばかりであるが、4月の「東京写真館」(第182回)に入選した作品の一枚には、思わずうめき声をあげてしまった。

「妻の祈り」と題された応募作は、コタツの上に置かれた新聞に思わず手を合わせる女性の一瞬を捉えた。よくみると、本紙3月11日付朝刊である。年齢を感じさせる手の動きやバランスのとれた全体の画面構成も見事である。だが、何よりも新聞に手に合わせる写真など、これまでみたことなどない。「一体、何事か…」と、思わず応募票のコメント欄に見入った。

撮影した埼玉県久喜市の山中三郎さんは、今回を含めて3回の入選歴のあるコンテストの常連。「(3月11日付)朝刊を見て思わず大きな声で妻を呼んで『素晴らしい写真が載っているよ、早く』と、この祈りの写真を目の前に出したら、妻はコタツの所へ座り手を合わせた。私はこの瞬間を逃してなるものかと撮りました」とあった。そう、手を合わせた対象は新聞ではない。新聞に掲載された写真であるが、いずれにしても、ありがたい話ではある。

11日付朝刊の写真の撮影時間は、今年3月4日午前9時35分。写真部の嶋邦夫記者が、真っ白に雪が積もった仙台市若林区荒浜の海岸で、太平洋から迫る波に向かい、祈りをささげる僧侶を撮影したものだ。

東京新聞では、3月11日付朝刊一面に、作家の伊集院静氏に依頼した詩を掲載する予定で、その詩のテーマにふさわしい写真を撮影するというのが、写真部に求められたミッションだった。震災からの1年を象徴するような写真を大胆に狙ってほしい、という指令だ。しかし、「3・11」に向けた編集方針が固まった2月下旬時点では、詩を依頼したばかり。肝心の詩がいつ完成するからは分からない。詩の完成を待っていては、写真が間に合わないかもしれない。取材を先行することに決め、嶋記者を3月1日から前日の10日までの10日間、太平洋岸の岩手、宮城両県を中心とした被災地取材に派遣した。以来、文字通り、地をはうような取材の中から撮影したのは1750カット。その写真の中から最終的に選ばれたのが、荒浜での祈りの写真だった。

手前みそな話の続きで恐縮ですが、新聞掲載日直後から読者から手紙やメール、FAXなどで多くの反響が寄せられた。本社読者応答室によると、3月11日付朝刊の写真に関して寄せられた声は27日現在で、36件にのぼった。
一部を紹介すると、「波の音とお経が聞こえてくるようだ。1年前のあの日を忘れない深い悲しみが伝わってきた」、「100行の記事より一枚の写真とはよく言ったものだ」、「無常観と鎮魂の気持ちがあふれた写真」、「祈りをささげる僧侶の姿に胸が震えた」、「カメラマンがいたのは知っていたが、まさか新聞に掲載されているとは」(僧侶本人)など…。

大半が称賛の声であったが、「あの美しい海が牙をむき、大勢の命をのみこみ、私たちの悲しさ、祈りを、あの坊さんにお願いしたいと思います」という意見が印象的だった。あの日から1年を迎えた朝、人々は祈りの場所を求めていたのかもしれない。そう思えば、冒頭のコンテストの応募写真も「さもありなん」と納得する次第である。

ペン記者の現役時代、数少ない特ダネ記事を執筆した時でも、読者からほめられたことなど、ほとんど記憶にない。写真の訴求力、インパクトの強さの神髄であろう。「100行の記事より1枚の写真」。言い尽くされた感のある言葉だが、あらためて実感する昨今である。