このコーナーで何を書こうかと思い悩んでいた時、テレビニュースでカズ(三浦知良)がサッカーW杯南アフリカ大会の日本代表発表について、記者に囲まれている映像が流れてきた。インタビューに真摯に答えているカズを見ていると、〝今更、カズでもないだろう〟というせつない思いがこみ上げてきた。それは私が〝あの瞬間〟を目撃した一人であるからだろうか。無性にカズを書きたくなった。このコーナー「コラム」にそぐわないのかもしれないが、カズのことを書かせてもらう。

 

 〝あの瞬間〟それは「ドーハの悲劇」。サッカーファンのみならず、多くの日本人の記憶に刻まれた93年サッカーW杯アジア最終予選の最終試合。イラクに勝利すれば悲願の本大会初出場が決まる一戦のロスタイム、イラクのオムラム・サルランに同点ゴールを決められ、Jリーグ元年で浮かれていた、我々の夢物語は現実の世界へ引き戻され、目を覚まさせられた。

 

 当時、まだインフラが整備されていなかったカタール。衛星回線用のパラボラアンテナを持ち込んだ社もあったが、各社でカタール・テレコムに交渉に行き、何とか国際回線を確保。フィルムの時代だったゆえに40℃のカラー現像液を保つため、魔法瓶に液を入れホテルから競技場に持ち込んだ。余談だが、サポーターで来ていた岐阜・金津園のソープの〝かわいいお姉ちゃんたち〟が隣のライバル社に差し入れに来るのを横目でながめたり、試合開始前から、あわただしい1日が始まった。

 

 試合開始時間が16:15(日本時間22:15)。早版に間に合わせるためには、私は開始10分しか撮影できない。前半5分、運良くカズの放ったシュートが、ゴール裏で構えていた私のファインダーに飛び込んできてくれた。後の取材は同僚に任せ、臨時のプレスルーム(会議室)からカズの写真を送信。しかし、同じ競技場にいながら試合の経過が分からない。

 

 後半25分、東京本社でテレビを見ているデスクから中山が勝ち越しのゴールを決めたと連絡が入り、フィルムをピックアップするためにピッチに走った。洗面所で現像を終え、プレスルームに戻る途中、韓国関係者が待機していた部屋から歓声が上がった。

 

 私は不吉なものを感じながら、戻ったその時だった、目の前の電話が鳴り、「ダメだ!同点だ!」それは東京のデスクからの悲痛な叫びだった。私もとっさに「ダメ?」と大声でデスクに聞き直した。周りにいた各社のカメラマンが送信の手を止め、凍りついた。そして時間が止まり、すべてが終わった。

 

 ピッチに座り込んだ選手の中でも、日本中の期待を一身に背負っていたカズはW杯を機に世界に飛躍しようと考えていただけに、落胆ぶりは計り知れないものがあった。82年、カズは15歳で単身ブラジルに渡り、90年には「サントスFC」でレギュラーポジションを獲得した。当時、ブラジルの国民的英雄のF1ドライバー、アイルトン・セナの活躍で、F1もサッカーと並んで人気スポーツだった地元では、ウィングのカズはF1に参戦していた同じ日本人の中嶋悟と比較され、「ナカジマは全然走らないが、カズはよく走る」と称賛されていた。

 

 90年、帰国して読売クラブ(現東京V)に入団。その後の活躍は言うまでもない。カズは少年時代、周りの大人たちから「長嶋茂雄」の話をよく聞かされていた。チャンスに強く、ファンやマスコミにもサービス精神が旺盛な長嶋さん。監督時代、自らポーズを作ってくれたうえ、我々カメラマンとアイコンタクトをとり、首尾よく撮影できたかどうかを確認し、次の行動に移ってくれた。

 

 カズもまた、記者に囲まれると、次の日の〝見出し〟まで考えて話してくれた。いつの日か〝サッカー界の長嶋茂雄〟になりたいと思う気持ちが、長嶋さんに会ってからますます強くなっていった。

 

 しかし、「キング・カズ」と呼ばれ、頂点に登りつめたカズだが、W杯には縁がない。98年、フランスW杯の直前合宿の地スイスで、メンバーから外された。体調が万全ではなく、プレーにも陰りが見えてきたカズだったが、日本代表を引っ張ってきた男に岡田監督は非情にも帰国命令を下した。カズを残すぐらいの〝余裕〟が岡田監督にはないものかと思ったのは私だけではなかっただろう。

 

 カズは髪を銀色に染めて帰国。長嶋さんが、自分であって、自分ではないもう一人の「長嶋茂雄」を常に意識していたように、カズも「キング・カズ」を演じなければならなかった。あの銀髪はその表れだったのだろう。

 

 今年で43歳になったカズだが幾つかのチームを渡り歩き、現役を続けている。今回の代表発表でも岡田監督の口からカズの名前は呼ばれることはなかった。翌日、テレビカメラの前でカズは、次回は〝母国〟ブラジルだから、行きたいねと話していた。母国の日の丸を背負って、〝母国〟のピッチに立つために、今日も走り続けるそんなカズに拍手を贈りたい。