プロ野球開幕

プロ野球が開幕しました。我々スポーツ新聞のカメラマンにとって、プロ野球の開幕は特別な日です。選手たちと同様に私たちカメラマンもキャンプ、オープン戦で競い合い、開幕を迎えます。開幕戦は144分の1だと言う人もいますが、我々スポーツカメラマンにとっては唯一の試合なのです。

 

 カメラマンの担当競技、担当球団が決まるのは前年12月です。サンケイスポーツの場合、部長やデスクが協議して決定します。そして、忘年会の席で発表するのが恒例となっています。20代頃の私は、担当の発表前には夜も眠れず、ワクワクして発表を待ったものでした。担当球団を持つことで、1年の仕事の流れが決まるからです。

 

 担当球団が決まると、カメラマンはキャンプ地の宿を予約します。1ヵ月間過ごすのですから、宿の立地、環境はとても重要です。今年は西武ライオンズに入団したスーパールーキー・菊池雄星選手の人気が高く、キャンプ地・宮崎県南郷町の宿が報道陣で一杯になりました。担当カメラマンは宿の確保に苦労したようですね。

 

 キャンプ期間中は朝から晩まで取材の連続です。1992年、長嶋茂雄さんが2回目の巨人の監督に就任した時に、報道合戦がピークに達しました。監督が第一次政権時、未明に散歩に出かけたという情報から、私たちは警戒のために朝5時に起床し、巨人の宿舎に張り込みました。監督が宿舎をこっそり抜け出して近所の青島神社に参拝するという噂もあり、一部のカメラマンは夜明け前に神社の境内に張り込みました。賽銭箱の陰に隠れ、タバコを吸おうと点したライターの炎で他社のカメラマンの顔が暗闇に浮かび上がり、「お化け!!」と悲鳴を上げたカメラマン同士のエピソードは、今では笑い話です。

 

 夜は浜辺に三脚を立て、超望遠レンズで巨人の宿舎で行われる素振り部屋を監視しました。長嶋監督が現れて、誰かを指導したら一面です。こうして紙面に載らないところでもカメラマンの戦いは続くのです。

 

 夜間練習取材後は、決まって宿の近くのスナックで、各紙のカメラマン揃って酒盛りが始まります。実はこれにも意味があります。他社と飲む事で“抜け駆け”を防止するのです。皆が揃っていれば安心して飲めるということです。

 

 2月のキャンプが終わると、3月はオープン戦で各地を転戦します。地方でのオープン戦では予想できないハプニングも起きます。私が最も印象に残っている出来事は前橋で行われた巨人対ヤクルト戦でおきました。残念ながらゲームの中ではありません。それは試合終了後に起きました。両軍の移動用バスは珍しく同じ駐車場に隣り合わせで停められていました。バスに乗り込む両軍選手に混ざって、ヤクルト・野村監督がやってきました。そして、誤って巨人のバスに乗り込んでしまったのです。当時長嶋監督と野村監督は犬猿の仲と云われ、リーグ優勝を常に争うライバル同士でした。もちろん、試合当日も我々のいう「カラミ」(一緒に写真に写ること)はありませんでした。

 

 野村監督がバスに乗り込むと、監督席には長嶋監督が座っていました。野村監督の驚いた様子がその背中に現れていました。そして、お互い気まずそうに挨拶を交わしました。私たちはバスのフロントガラス越しに夢中でシャッターを切りました。

 

 野村監督の名誉のために付け加えますと、取り巻きの記者と話しながらバスに誘導されたための“失敗”だった気がします。もちろん、間違って乗り込みそうな野村監督を見て、我々カメラマンが「しめた!」と思ったことは言うまでもありません。

 

 こうしてカメラマンは、キャンプ、オープン戦と切磋琢磨し、デスクに怒られながら、やっとの想いで開幕を迎えるのです。選手同様「開幕一軍」を目指して・・・。